物語 フィリピンの歴史―「盗まれた楽園」と抵抗の500年 (中公新書)

物語 フィリピンの歴史―「盗まれた楽園」と抵抗の500年 (中公新書)
鈴木 静夫
中央公論社
売り上げランキング: 44988
おすすめ度の平均: 4.0
4 民族抵抗史観に基づく通史
5 ご近所の国の苦難の歴史を知ろう
3 手頃な概説書



時代を越えてフィリピン史に通底しているのは、民族抵抗の精神である。それがフィリピン人意識として浮上してこなかったのは、政治と教会がそれを押しつぶし、覆いかくしてきたからである。
これまでのフィリピン史はこの精神の連続した存在に十分な評価を与えてこなかった。スペインの武装宣教船団来航後の長い植民地時代を通じて、西欧と闘い続けたアジア唯一の戦闘的民族の軌跡に、本書は肯定的な光を当てるものである。




スペインが植民地建設をはじめる前のフィリピンの歴史がほとんど分かっていないとは!しかしそれ以上に驚いたのは米西戦争の茶番だ。米国がスペインに戦争を仕掛けて奪い取ったものと思っていたが、スペインはすでにフィリピン統治の力を失っており、戦争をしたことにして米国に譲り渡したのだ。そして米国がフィリピンに対してついたウソ。ここでもかれらは「解放してやる」と言っていた。米国議会では「フィリピン人達には自らを統治する能力はない」とか「(劣った民族を支配するのは)白人の責務だ」などという議論がまかり通っていたというのに。
宗教人たちの行動にもあきれる。武装した宣教師だと?詳細は読んでいただくしかないが、驚き呆れることばかりが続く。
ついでながら、『物語 ラテンアメリカの歴史』を併せてお読みになることをお奨めしたい。スペインの植民地統治のあり方がよく分かると思う。



932年に生まれ、毎日新聞社に勤務した経験を持つ、東南アジア現代政治史研究者が、自ら行ったインタビューの内容も踏まえて、1997年に刊行した 300頁ほどのフィリピン通史。本書の基本的立場は、フィリピン人の対日批判を「十分受け止め」つつ、公文書を残した植民地主義者の観点からではなく、公文書の行間から垣間見える原住民の立場で歴史を見直し、反米・親日等にこだわらずに、原住民族の復権に寄与する、500年抵抗史観である(「はじめに」と「おわりに」を参照)。そのために本書は、1)マゼラン(1521)以前のラグナ銅版碑文や中国史書から話を始め、2)武力とカトリック教会(ガレオン貿易にも関与)を通じたスペインの過酷な支配と、それへの原住民(在俗司祭等)・中国系メスティーソ(フリーメーソンともつながりがある)の抵抗運動・フィリピン革命(1896)の挫折、米帝国主義(マッカーサー父子ら)による植民地化(1898)と友愛的同化政策の虚実(多くの背信を行いつつ、第二次大戦前に独立を認める→1946独立)に多くの頁を割き、3)民族主義的社会主義運動の高揚と、フク団(抗日人民軍フクバラハップ)・共産党の活躍を重視し、4)悲劇の天才ベニグノ(ニノイ)・アキノ・ジュニアを賛美し、マルコス独裁=「立憲的権威主義」を批判しつつも、5)人民の力革命(1986二月政変)後のコラソン・アキノ夫人の政治への批判的評価で締めくくられる。したがって、本書ではやはり政治史が中心であり、しかもそれは民族史であるという特徴を持つ。そのため、抵抗運動の連綿たる継続が強調されると共に、フィリピンの置かれている深刻な経済的状況への言及が不足気味である。略年表、幾つかのコラム、多くの図版付き。